視聴者に何かを届けると言うこと

井上 美穂
制作のおはなし

筆者です。 今回、発注者の弊社社長よりこのような内容のオファーをいただきました。

「動画配信者で『視聴者に届ける』っていうのを分かってない人が多い気がする。そういう人に向けての記事を書いてほしい」

筆者、どっかの記事にも書きましたが役者の端くれなので、このお客様に「楽しんでみていただく」というのがいかに難しいかはわかっておるつもりです。

で、難しいとわかっているだけにあまり「こういうものはこうしないといけないんですよー」と訳知り顔でお伝えすることはしたくないな、と思いました。大体、自分ができてないのに人に偉そうに言える立場でないですしな。

だけど、難しいけど結構本質的な部分の大切さであることも事実。

そこで役者経験に少し絡めてこの「視聴者さんにコンテンツを届ける」ということを書いてまいりたいなと思います。

テレビは「消化」コンテンツ、youtubeは「繋がり」コンテンツ

YouTubeやニコニコ動画、tik tokにclub house。音声メディアは昨今こえ部ではなくvoicyになりつつありますね。 また、ツイッターやインスタグラム、Facebookでも動画配信やライブ配信は当たり前になりつつあります。

メディアの共通点としては「誰でも参画できる」という点。 面白いコンテンツでファンがつけば誰でも簡単に認知が増やせます。

そして、これらメディアの本質的な特徴は「繋がり」なんですよね。 一方、お茶の間のテレビや映画、演劇やミュージカルといったエンタメの目的は「消化」です。

ちょっとわかりにくいので食べ物でたとえてみますね。

テレビや映画は「外食」です。 対してYouTubeなどは「ランチ会・飲み会」です。

「外食」は食事を楽しむことがメインです。 そして、お金を払う以上は対価に見合った食事である必要があります。 お客様として我々は食事をし、その食事空間やサービス、料理の味やセンスなどを消化して満足感や幸福感を得ます。

一方、「ランチ会」や「飲み会」というのはもちろん味や空間もいいに越したことはないけれど、最も重視されるのはそこで 得られる「交流」だったり「繋がり」だったりします。 普段、知り合えない人と繋がれることや、その場に同席したからこそ得られる知識など交流から生まれる様々な副産物が主目的です。

データ放送の発展やテレビでもTwitterを見ながら放送するのでここら辺の境界は混ざりつつありますが、これまでの役割分担は上記ではないでしょうか?

YouTubeも芸能人が参画し始めたことでやや「外食」寄りになってきていますが、本質は変わっておりません。 「消化」では起きなかった「繋がり」という科学反応がそこにあることがyoutubeなどのメディアの醍醐味です。

発信のクオリティよりまずはポジショニングかも

さて、その本質があった上でその本質を理解してコンテンツを発信できている人が如何程いらっしゃるのか?

ここからはちょっと偉そうな話で恐縮ですがここをどれくらい理解して発信しているかがyoutubeの登録者や視聴数につながってくるのかなと思います。

芸能人が登録者獲得が上手なのは既に「消化」コンテンツで1対多数へのもののみせかたを熟知しているからでもありますね。 あとは既存顧客がもういっぱいいるっていうのもでかいでしょう。

でね。

なっがーーい前置きでほんと申し訳ないのですが、こういう「繋がり」のコンテンツで人の支持を得ようと思うとどうしたらいいのか?

大した支持もない人間なのでアテにはして欲しくないのですが(苦笑)、ちょっと真面目に考えてみたので1人の人間の考察として捉えてみてください。

あえて、認知ではなく、支持と書きました。

理由は認知は奇抜なことをすると一時的に獲得できるからです。 だけど、奇抜さには相応の覚悟が必要です。

信念を持って奇抜を貫けるならいいですが、そうでないなら打ち上げ花火になるか、 下手すれば炎上認知になってしまう危険もあるのでそれ全部引き受けられる人でないならやめたほうがいいでしょう。

そして、堅実に支持を得たい場合。 これは実はちょっと自己分析が必要になってきます。

ちょっと身もふたもない話でごめんなさい。

あなたはモテる人でしょうか?既に結構な人気者で人の輪の中心にいるタイプですか?

Yesだったらあなたのキャラクターを全面に出して発信するだけでもある程度好かれるかもしれません。

で、そうでないなら何が自分の「有益性」かを把握する必要があります。

youtubeっていわば映像のフリーマーケットみたいなもんでたくさんの人が露店を出しているわけですよ。

で、綿飴とか食ってうろちょろしているそこらへんの人をパッと捕まえて自分のブースに釘付けにしないといけないんです。

露店なら呼び込みができますが、声をあげられるわけではない。じゃあ、代わりに何をするかというとタイトルとサムネイルが呼び込みの役割を果たすわけですね。

ちょっとYouTubeの発信側をかじったことのある人ならタイトルとサムネだけはこだわれ!!というアドバイスは一度は 聞いたことがあると思いますが理由はこれです。

とにかく目に止まってもらわないとどうにもできない。 そして、目に止まった上で気に入って貰わないといけないわけです。

つまり、自分の魅力や有益性を把握して、自分という商品はどんな人の役に立つのか?を徹底的に考える必要があります。 ここをちょっと間違えると多分毒にも薬にもならない商品になってしまい、結果、誰の目にも止まらないものが生まれるわけですね。 もしくはなんか意図のズレた気持ち悪いコンテンツになってしまうか。

自分という商品を魅力的に伝えたい、となった場合、果たして顔出しは必要か?不要か? 伝える声は地声がいいのか?音声加工がいいのか? 動画編集はどの程度必要か?どのように編集するのがいいのか? 分数はどれくらいが適切か?
トライアンドエラーを繰り返すしかない部分もありますが総当たり戦も効率的ではありません。

まずはリアルの自分を客観的に判断する材料(主に他者の意見)を集めて、これならいけるかも、という仮説をたてて そこから発信するのが個人的にはおすすめです。

ちなみに、演劇の場合であれば、役者は虚構を全身全霊で生きることが求められます。 というのも演劇はすでに物語という世界が既に用意されており、役者の芝居はその世界をどれだけ立体的にリアルに 見せるかという役割を果たすものだからです。

ゲーム実況でも声優さんが人気なのはゲームの世界に入り込んで、リアルに探検してくれるからですよね。 そのリアルに反応してくれる部分とストーリーテラー的な要素を両方声優さんがやってくれるからまるで一本の作品をみている 気分になれます。

でも、そういった職業役者ではない一般の人が何かを発信しようとするときは、 下手に「みせよう!」なんて思わず、ただただ、伝えたい内容をできるだけシンプルに発信する、というのが実は一番いいのかもしれません。 貫けるならいいんですけどね。初めから飛ばしすぎて道中キャラがブレるようなら電話対応しているくらいのテンションを保つ方がいいかも。

と、ここまであれこれ書いてきましたけど、おそらく肝は「どんな人と繋がりたいか?」「その繋がりたい人はどんな風に発信すると喜んでくれるだろうか?」という視点に立つことかもしれません。

冒頭に述べたように「消化」ではなく「繋がり」なので「誰とどう繋がりたいか?」から逆算して、自身に負荷をかけすぎない範囲で配信していけばきっとあなたならではのファンがつくのではないでしょうか?

さて、結果的に社長の意図とちょっとズレた記事が出来上がってしまったわけですが、youtubeというメディアの本質を突き詰めると最終的にこうなってしまいました。

配信者って筆者は役者である必要はないのかな、と思います。それよりも繋がりたい人にとって違和感がない方がきっとずっと大事だろうなと。

しかし偉そうにずいぶん書いてしまったので、もし筆者が配信始める日が来たら天からバケツいっぱいの唾を被るのかもしれませぬ。自己分析、がんばりましょうね、お互いに。